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鹿児島地方裁判所 昭和57年(ワ)335号 判決

原告

近藤重和

右訴訟代理人弁護士

染川周郎

右訴訟復代理人弁護士

池田洹

寺田昭博

被告

有限会社南国砂利

右代表者代表取締役

中村一之

被告

鹿児島サンド株式会社

右代表者代表取締役

濱田親文

被告

三光産業株式会社

右代表者代表取締役

出口英樹

被告

有限会社赤石産業

右代表者代表取締役

赤石三矢

被告

有限会社南薩サンド

右代表者代表取締役

山下清治

右被告ら訴訟代理人弁護士

松村仲之助

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告有限会社南国砂利(以下「被告南国砂利」という。)は原告に対し、一一二〇万円及びうち二九一万六六七〇円に対する昭和五七年五月九日から、うち八二八万三三三〇円に対する昭和六一年一月二二日から各支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告鹿児島サンド株式会社(以下「被告鹿児島サンド」という。)は原告に対し、二四五万円及びうち六一万二五〇〇円に対する昭和五七年五月九日から、うち一八三万七五〇〇円に対する昭和六一年一月二二日から各支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

3  被告三光産業株式会社(以下「被告三光産業」という。)は原告に対し、二四五万円及びうち六一万二五〇〇円に対する昭和五七年五月九日から、うち一八三万七五〇〇円に対する昭和五一年一月二二日から各支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

4  被告有限会社赤石産業(以下「被告赤石産業」という。)は原告に対し、三一五万円及びうち一三七万〇八四〇円に対する昭和五七年五月九日から、うち一七七万九一六〇円に対する昭和六一年一月二二日から各支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

5  被告有限会社南薩サンド(以下「被告南薩サンド」という。)は原告に対し、一七五万円及びうち六一万二五〇〇円に対する昭和五七年五月九日から、うち一一三万七五〇〇円に対する昭和六一年一月二二日から各支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

6  被告らは、別紙物件目録記載の砂鉄採掘権の鉱区における海砂採取に際し砂鉄を採取してはならない。

7  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び第一ないし第五項及び第七項につき仮執行の宣言。

二  被告ら

主文と同旨の判決。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録(一)、(二)記載の砂鉱(砂鉄)採掘権(以下「本件(一)、(二)の鉱業権」若しくはこれを一括して「本件鉱業権」という。)は、もと訴外東邦金属株式会社(以下「東邦金属」という。)が所有していたが、昭和五一年二月二二日訴外東邦鉱業株式会社(以下「東邦鉱業」という。)に譲渡され(同月二八日登録)、さらに、昭和五四年二月二四日同社から原告が譲受け、同年三月七日その旨の登録を経由した。

被告らは、いずれも砂利採取業者であり、被告南薩サンドを除くその余の被告らは、原告が本件鉱業権を取得する以前から本件(一)の鉱業権の鉱区で、被告南薩サンドは昭和五五年一月以降本件(二)の鉱業権の鉱区で、それぞれ海砂を採取している。

2  東邦金属及び東邦鉱業と被告らとの間で、被告らの海砂採取による本件鉱業権に対する補償料として、採取船一隻につき年間三五万円の金員を支払う旨の契約があつた。

そして、原告は、本件鉱業権の譲渡を受けたことにより、右契約に基づき被告らに対し補償料を請求できる法律上の地位を当然に承継した。

3  仮に右補償料支払契約の効力が被告らに及ばないとしても、被告らは、昭和五四年一月一日から昭和六〇年八月末日までの間に本件鉱業権の鉱区内において、別紙稼働状況一覧表記載のとおりの採取船を使用して海砂を採取し、これにより原告は、前記補償料支払契約と同額の採取船一隻当り年間三五万円の損害を受けたから、被告らは、民法七〇九条により損害賠償として右一覧表記載の金員を支払う義務がある。

4  よつて、原告は、契約による補償料若しくは民法七〇九条による損害賠償として、被告南国砂利に対し一一二〇万円及びうち訴状で請求した二九一万六六七〇円に対する訴状送達後の昭和五七年五月九日から、残八二八万三三三〇円に対する訴変更申立書送達の翌日の昭和六一年一月二二日から各支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の、被告鹿児島サンドに対し二四五万円及びうち六一万二五〇〇円に対する昭和五七年五月九日から、うち一八三万七五〇〇円に対する昭和六一年一月二二日から各支払ずみまで年六分の割合による遅延損害金の、被告三光産業に対し二四五万円及びうち六一万二五〇〇円に対する昭和五七年五月九日から、うち一八三万七五〇〇円に対する昭和六一年一月二二日から各支払ずみまで年六分の割合による遅延損害金の、被告赤石産業に対し三一五万円及びうち一三七万〇八四〇円に対する昭和五七年五月九日から、うち一七七万九一六〇円に対する昭和六一年一月二二日から年六分の割合による遅延損害金の、被告南薩サンドに対し一七五万円及びうち六一万二五〇〇円に対する昭和五七年五月九日から、うち一一三万七五〇〇円に対する昭和六一年一月二二日から各支払ずみまで年六分の割合による遅延損害金の各支払を求めるとともに、被告らに対し、本件鉱業権の鉱区内における海砂採取に際しての砂鉄の採取禁止を求める。

二  請求原因に対する被告らの答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち被告南薩サンドを除くその余の被告らと東邦金属及び東邦鉱業との間で補償料支払の合意がありかつその最終の金額が原告主張のとおりであつたことは認めるが、右補償料支払契約は期間を一年として一年毎に更新してきたものであつた。同2のその余の事実は否認する。被告南薩サンドが本件(二)の鉱業権の鉱区で海砂の採取を始めたのは昭和五五年一月以降であるから、同被告と東邦金属及び東邦鉱業との間で補償料支払契約がなされたことはない。補償料支払契約は一年毎に更新されていたものであり、また、それが損害賠償金の性質を有するとすると、鉱業権の承継人である原告が、当然に補償料を請求できる地位を有する法的根拠はない。なお、被告鹿児島サンド、同赤石産業は、東邦鉱業が本件鉱業権を有していた期間の中途から補償料の支払を中止した。

3  同3の事実のうち、被告らの採取船が、被告南国砂利の原告主張の昭和五七年度神川の二隻が一隻、被告赤石産業の昭和五五年度の二隻が一隻、被告南国サンドの昭和五九年度の一隻が〇(同年度は一月から三月まで一隻で採取したのみ)であることを除き、その余の採取船の隻数が原告主張のとおりであることは認める。同3のその余の事実は否認する。本件鉱業権の鉱区内の砂鉄中に含まれる鉄分は、一〇パーセントをかなり下回り、採算がとれないため昭和四七年以降全く採掘が行われていないものであつて、原告に損害は発生していない。

三  被告らの抗弁

1  被告らは、砂利採取法三条に基づき鹿児島県知事の登録を受けた砂利採取業者であるが、本件鉱区における海砂の採取については、その所在地が海底であることから国有財産法一八条三項に規定する許可を受けるとともに、砂利採取法一六条所定の採取計画に関する知事の認可を受けて、本件鉱区における海砂の採取を行つているものである。

そして、砂利採取法三〇条一項は、「砂利採取業を行う土地又は鉱業権者は、事業の実施について、鉱業権者又は砂利採取業者の区域と鉱区とが重複するときは、砂利採取業者に対し協議することができる。」旨規定し、右協議をすることができず、又は協議がととのわないときは、通商産業局長の決定を申請することができることとなつている(砂利採取法三〇条二項、採石法三四条二ないし七項)。

2  右砂利採取法三〇条の規定は、砂利採取業を行う土地の区域と鉱区とが重複する場合があることを予想し、砂利採取業者と鉱業権者の権利の調整をはかろうとするものであり、砂利採取業者は、鉱業権者の鉱区において砂利採取を行うことを当然に妨げられるものではない。そして、鉱業権者との協議や通産局長の決定がない本件のような場合の両権利の調整は、原告の砂鉄の品位、賦存の状況、採掘の実情等と被告らの砂利採取の目的、用途、採取の実情等とを比較衡量して、それぞれの社会的価値を評価し、その社会的有用性の優劣により判断するのが相当である。

3  右観点から検討するに、砂利は、コンクリート用骨材の中核として、また、道路用素材として広範に活用されているところ、川砂は次第に涸渇しようとしているため、海砂の需要が増加しつつあり、かつ、海砂の良質な地域は限られていて代替地を求めることができない。被告らの事業の主力は海砂の採取、販売であつて、本件鉱区における砂利の採取が禁止されると(海砂採取に際し砂鉄を分離することは不可能であるから、原告の請求は海砂採取の禁止を求めることに帰する。)、被告らの経営は危殆に瀕する。一方、原告の本件鉱区は、東邦金属所有当時の昭和四七年ころから現在に至るまで全く砂鉄の採掘が行われていない休眠鉱区である。そして、本件鉱区は、砂鉄の賦存が乏しいだけでなく、砂鉄中に含まれる鉄分も一〇パーセントをかなり下回るので、鉱業としての採算を望むことができない。したがつて、被告らの海砂採取による原告の損害を算定することはきわめて困難である。

右のような原告と被告らの事情を対比して考えると、原告の本件請求は権利の濫用として許されないものというべきである。

四  抗弁に対する原告の答弁

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2は争う。鉱業権は、鉱区内に存する登録を受けた未採掘鉱物及びこれと同種の鉱床中に存する他の未採掘鉱物を包括的に支配し、鉱区内において独占的排他的に鉱物を採掘取得する権利であるから、砂利採取業者による砂利の採取行為によつて未採掘鉱物が採掘される場合には、鉱業権の減少又は取消の処分(鉱業法五三条)がとられるべきであり、これらの方法をとらずになされる砂利採取行為は、直ちに鉱業権侵害として不法行為を構成するものである。

3  同3のうち、昭和四七年以降本件鉱区において砂鉄の採掘がなされていないこと、及びその理由が採算がとれないためであることは認めるが、その余は争う。ニュージーランド、フィリピン等外国から輸入される砂鉄の価格が、本件鉱区において採掘される砂鉄の原価に比して低廉であるため、企業の採算性に添わなくなり採掘を中断しているものであるが、将来砂鉄の輸入がとだえたり、輸入コストが上昇したり、あるいは砂鉄から鉄分を採取する技術の革新によりコストが下がり国内砂鉄が外国産に価格的に対抗できるようになつたときは、本件鉱区においても当然砂鉄の採掘がなされることとなる。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1の事実、同2の事実のうち被告南薩サンドを除くその余の被告らと東邦金属及び東邦鉱業との間で海砂採取による補償料支払の合意があつたことは、当事者間に争いがない。

しかし、被告南薩サンドと東邦金属及び東邦鉱業との間で補償料の支払契約があつたことを認めるに足りる証拠はない。したがつて、原告の補償料支払契約に基づく請求のうち被告南薩サンドに対するものは、既にこの点において理由がない。

二まず、被告南薩サンドを除くその余の被告らに対する補償料支払契約に基づく請求の当否につき判断する。

鉱業権の譲渡によつて、その譲渡の対象とされた鉱業権本来の内容をなす、鉱区における鉱物を独占的排他的に掘採取得する権利が移転するのは当然のことであるが、鉱業権に付随する権利義務については、鉱業法九条が、「この法津に規定する鉱業権者の権利義務は、鉱業権とともに移転する。」旨規定しているところ、同規定は、鉱業権者の有する権利義務には、事業継続の必要上又は発生する権利義務の性質上、その権利者の何人たるを問わず常に鉱業権に随伴させる必要のあるものが多いため、鉱業権の円滑なる実施に資するために設けられたものであり、鉱業権に付随する右以外の権利義務は、鉱業権の譲渡に伴つて当然に移転するものではないと解せられる。そして、原告主張の補償料支払契約は、鉱業法九条所定の「この法律に規定する鉱業権者の権利義務」に該当しないことは明らかであるから、鉱業権の譲渡に伴つて当然に前鉱業権者の補償料支払に関する権利を承継したことを前提とする原告の主張は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

三次に、不法行為による損害賠償請求につき、被告らの抗弁を含めて判断する。

1  被告らの抗弁1の事実、及び被告らが昭和五四年一月以降(但し、被告南薩サンドは昭和五五年一月以降)、本件鉱区において海砂を採取したことは、当事者間に争いがない(従事した採取船隻数には一部争いがある。)。

2 ところで、鉱業権者は、鉱区内において排他的独占的に許可を受けた鉱物を掘採取得する権利を有するが、右排他性及び独占性は、鉱物の掘採取得に関する限りにおいて認められるものであり、鉱業権者以外の者も、鉱業を目的としない限り、鉱区の対象たる土地等を鉱業権以外の他の正当な使用権限に基づき利用することを妨げられるものではない。被告らの引用する砂利採取法三〇条の規定は、右の理を明らかにするものというべきである。そして、鉱業権者と砂利採取業者との間で権利行使の衝突がある場合における鉱業権者の損害賠償及び妨害排除請求の許否は、双方の事業遂行上における当該地域使用の必要性の程度、砂利採取業者の行為によつて鉱業権者が受ける損害の程度、操業が許されないことによつて生ずる砂利採取業者の損害の程度等、双方の利益衡量によつて決するのが相当と解せられる。

3  そこで、前項の見地に立つて本件につき検討する。

(一)  採算割れのため、昭和四七年以降本件鉱区における砂鉄の採掘がなされていないことは、当事者間に争いがない(原告が鉱業権を取得したのは昭和五四年三月)。そして、〈証拠〉によるも、操業再開の見通しは全く立つていないことがうかがえる。

ところで、鉱業権者は、鉱業の実施につき権利を有すると同時に、国家に対し実施の義務をも負うものであり、このような点から、鉱業権者は、鉱業権の設定又は移転の登録があつた日から六か月以内に事業に着手しなければならず(鉱業法六二条一項)、やむを得ない事由により右期間内に事業に着手できないときは、期間を定め、事由を具して、通商産業局長の認可を受けなければならない旨規定されている(同条二項)。そして、〈証拠〉によれば、鉱業権に関する所管行政庁である通産省は、鉱業法六二条一、二項に違反して事業を実施していない長期休眠鉱区については、一般公益又は他産業との紛争の発生を防止しその調整をはかるため、これを積極的に取り消すとの基本的方針を示していることが認められ、これに反する証拠はない。

(二)  〈証拠〉によれば、鹿児島県においては昭和五〇年ころまで、砂利採取業者が砂利採取法一六条に基づく採取計画についての県知事の認可申請をする際、砂利採取場が鉱区と重複する場合には鉱業権者の同意書を添付させていたこと、このため砂利採取業者は、鉱業権者の右同意を得る必要から同意の代償として、鉱業権者に対し本件鉱区に限らず全県的にほぼ一律に毎年補償料名目の金員を支払つていたこと、しかし、県知事に対する右認可申請に鉱業権者の同意書を要しない取扱となつてからは、鉱業権者に対する補償料を支払わない砂利採取業者もあらわれたことが認められ、これに反する証拠はない。そして、従前支払われていた補償料の算定根拠を示す証拠はない。

(三)  〈証拠〉によれば、昭和五七年本件(一)の鉱業権の鉱区内で採取した砂鉄に含まれる鉄分の分析結果では、被告らの採取場の一つである神川のものが二・六五パーセント、雄川のものが三・二九パーセントで、いずれも鉄分の含有率がきわめて低率であつたことが認められ、これに反する証拠はない。

(4) 〈証拠〉によれば、鹿児島県では川砂が次第に減少しつつあり、現在海砂と川砂の採取量の比率は、海砂九割に対し川砂一割の割合となつていること、鹿児島県では、環境の保全を図りながら骨材資源としての海砂を円滑に供給するため、予想される需要量を基に地区ごとに採取量を決定していること、昭和五九年度の鹿児島県の海砂採取計画では、県本土分が二二九万六〇〇〇立方メートルで、そのうち本件鉱区内の被告らの採取場である神川、雄川の分が合計六八万立方メートルであり、右両地域の分のみで県本土全体の分の約三割を占めていることが認められ、これに反する証拠はない。

(五) 以上判示の原告の鉱業権に関する事情と被告らの営む砂利採取に関する事情とを比較衡量すると、現段階においては原告の鉱業権保護の必要性は乏しく、被告らが行う海砂の採取に砂鉄の掘採を随伴することが避けられないことを考慮してもなお、本件鉱区内における海砂採取が許容されるべき必要性が大きいものというべく、原告の本件損害賠償及び妨害排除請求は、権利の濫用として許されないというべきである。

四よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官湯地紘一郎)

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